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明治四年十二月六日午前九時サンフランシスコ到着。
十四日サンフランシズコ官民の歓迎会に臨んだ。
伊藤はその席上左の趣旨の演説を試みた。
伊藤の日の丸演説
「我らが使節として当国に到着して以来、到る所で受けた慇懃な接待、事に今夕の(今晩)特別な饗宴に対し、深厚な感銘の意をあなた方並に、あなた方を通じてサンフランシズコ市民に表します。
思うに今夕(今晩)は、日本に実施された幾多の改良について、正確な概要を述べられる好機会となるでしょう。我が日本人以外には、我が国内の状況について正確な知識を持つ者は稀だからこそです。
条約国―合衆国がその最初です―との親交が維持され、我が国民の理解により通商関係は増進しています。
本使節は、天皇陛下の持命により、あなた方我々両国民の権利及び利益を保護するのを努めると同時に、将来において内外国民の結合を一層親密になる事を期待します。我らは互いに益々お互いを知るに従い、双方の意思は益々流通すると確信します。
我が国民は、読む事、聞く事並びに外国において視察することにより、大抵の諸外国に現存する政体、風俗、習慣について一般的な知識を獲得した。今や外国の風習は日本全国を通じて諒解しています。今日の我が国の政府及び人民の最も熱烈な希望は、先進諸国の享有する文明の最高点に到達しようとしています。
この目的に鑑み、我らは陸海軍、学術教育の諸制度を採用しましたが、外国貿易の発展に伴って知識は自由に流入した。我が国における改良は物質的文明において迅速といっても、国民の精神的改良は一層遥か大なものがある(大いに困難?)。我が国の最も賢明な人々は、精密な調査の結果、この見解において一致しています。数千年来専制政治の下に絶対服従させられた間、我が人民は思想の自由を知りませんでした。
物質的改良に伴って、彼らは長い歳月の間彼らに許されない所の特権があることを諒解するようになりました。もっともこれに伴う内変は一事の現象に過ぎません。我が国の諸侯は自発的にその版籍を奉還し、その任意的好意は新政府に容れられる所となり、数百年来強固に成立させた封建制度は一個の弾丸を放たず、一滴の血を流さないで、一年以内に撤退させられました。
このような驚くべき成績は政府と人民との合同行為により成就させられましたが、今やそれぞれ一致して進歩の平和的道程を前進しつつあります。中世紀において戦争なくして封建制を打破できた国があったでしょうか。
これらの事績は、日本における精神的進歩が物質的改良を凌駕するものだと立証しています。また我が国が女子を教育することにより、われらは将来の時代において今より一層優秀な知能を自然に養っていくことを心から願うものです。この目的で以て我が国の少女達は既に勉学を為、貴国に来つつあります。
日本はなお今だ創造的能力を誇るとは言えませんが、経験を師範とする文明諸国の歴史を鑑みて、他の長をとり誤を避け、それでもって実際的良智を獲得したいと願っています。一年足らず以前に、私は合衆国の財産制度を精細に調査したことがありますが、その時華盛頻に滞在中に貴国の大蔵省高官から貴重な援助を受けました。そして私の学び得た各種の事項は、誠実に我が政府に報告しましたが、その献策は大抵採用され、既に実行に移されたものも少なくありません。現に私の管轄下にある工部省においても、進歩の速さは大いに目を見張るものがあります。鉄道は帝国東西両方面に敷設され、電線は我が領土の数百里に渡って拡張され、数ヵ月中にほとんど一千里に及ぶほどになりました。灯台は今や我が国の沿岸に設置され、我が造船所もまた活動しつつあります。これらの施設は総て我が文明を助成するもので、我らは貴国及び他の諸外国に対し深く感銘する次第です。
使節としても個人としても、我らの最大の希望は、我が国に有益で、その物質的及び智的状態の永久的進歩に貢献すべき資料を持って帰国することです。我らはもとより我が人民の権利及び利益を保護する義務を負うと同時に、我が通商を増進することを期し、かつこれに伴う我が国の生産の増加を図り、その一層大いなる活動を助長すべき健全な基礎を作ろうと望みます。
太平洋上に今まさに展開しようとしている新通商時代に参加し、大いに事を為そうとする大通商国民として、日本は貴国に対し、熱心に協力を捧げましょう。貴国の現代的発明及び累積知識の成果に依り、あなた方はその祖先が数年を要した事業を我々は数日で成就させられるでしょう。貴重な機会の集中する現在で、我らは一時も惜しむ暇はありません。故に日本は急進を切に望むのです。
我が国旗の中央に点じた赤き丸形は、もはや帝国を封じた封蝋のように見えることはなく、将来は事実上、その本来の意匠である、昇る朝日の尊いはたじるしとなり、世界における文明諸国の間に伍して前方にかつ上方に動くことでしょう。


この演説は伊藤公がかつてロンドンに留学しまた前年にアメリカで遊学して習得した英語で滔々と述べたものだったので列席者一同これを聞き、新興日本の進歩と気魄とを諒解して、大いに感動した。ことに日章旗の解説が最も妙を得ていたので、内外人の間に日の丸演説と評され、好評嘖々なものがあった。

伊藤博文伝から

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